13年4か月、一緒に暮らしてきた愛犬が旅立った。
最後は、喉に食べ物を詰まらせてしまうという、本当に突然の別れだった。
亡くなった直後は、これまで経験したことがないほど泣いた。
食欲がなくなり、お腹は空いているのに食べ物を受けつけない。
少し眠ると夢に出てきてくれて、目を覚ましてまた泣いた。
「最後の瞬間に立ち会えなかった」
「もっと違う対応ができたのではないか」
そんなことも何度も考えた。
それでも、旅立ってから数日がたった今、私の心に強く残っているのは、後悔よりも感謝だった。
なぜ、これほど悲しいのに「幸せだった」と思えるのか。
忘れないためにも、愛犬との13年4か月と、見送る中で気づいたことを残しておこうと思う。
家族みんなに愛された13年4か月だった
この子は、父と母と私だけの家族ではなかった。
祖母や従兄弟、その家族からも、たくさん愛してもらった。
私が大学生で、父と母も働いていて、十分に構ってあげられなかった時期には、祖母や従兄弟たちが一緒に過ごしてくれていた。
その時の写真や動画もたくさん残してくれていた。
見返してみると、愛犬はどの写真でも楽しそうだった。
自分が一緒にいられなかった時間にも、この子には安心できる場所と、愛してくれる人たちがいた。
そのことが、今の私をとても救ってくれている。
最後の一年、ほとんど一緒にいられた
私は最後の一年、会社員を辞めていた。
仕事を辞めた当時は、それが愛犬との最後の一年になるとは思っていなかった。
でも結果的に、以前よりもずっと多くの時間を一緒に過ごすことができた。
ご飯を作った。
散歩に連れて行った。
夜泣きをした時には、一緒に寝た。
家の中を歩けば、後ろからついてくる姿を見ることができた。
それまで、散歩に連れて行くことには少し怖さがあった。
自分が失敗して、怖い思いや辛い思いをさせてしまうのではないかと思い、なかなか一歩を踏み出せなかった。
それでも最後の何十回かは、その怖さを越えて、一緒に散歩へ行った。
そして最後の日。
夕方に筋トレをしようと思っていたけれど、家の中を歩いていると、愛犬がずっと後ろをついてきた。
「散歩に行きたいのかな」
そう思って外に出ると、いつもの何倍もの距離を歩いてくれた。
散歩から帰り、おやつと水もあげることができた。
まさか最後の散歩になるとは思っていなかった。
でも、最後の日に一緒に歩けたことは、これからも一生忘れないと思う。
最後の瞬間にいなかったこと
愛犬が旅立った時、私はお風呂に入っていた。
父と相談して、私が先に入ることになった。
だから私は、本当の最後の瞬間には立ち会えなかった。
亡くなった直後は、そのことがとても苦しかった。
「なぜ、あの時間にお風呂に入っていたのだろう」
何度も考えた。
しかし、少しずつ別の見方もできるようになった。
もし父がお風呂に入っていたら、飼い主である父も最後に立ち会えなかったかもしれない。異変に気づくのも、病院へ連れて行こうとするのも、さらに遅れていたかもしれない。
私は最後の瞬間にはいなかった。
でも、その日の少し前には、長い散歩をして、おやつと水をあげていた。
前日には、いつものように従兄弟たちとも遊んでいた。
本当の最後の数分以外は、家族のいつもの日常の中にいた。
そう考えられるようになってから、少しだけ心が軽くなった。
「ごめんね」ではなく「ありがとう」で見送れた
旅立った後は、家族や従兄弟たちと、遠慮せずに愛犬の話をした。
楽しかった思い出を話して、泣いた。
手紙も書いた。
写真立てを作り、祭壇には写真やおもちゃを置いた。いつも使っていたアイスノン枕も替えている。
火葬の前には、家族みんなで見送ることができた。
もちろん「最後にそばにいられなくてごめんね」という気持ちもあった。
でも、最後に一番多く出てきた言葉は、
「13年間ありがとう」
「家族になってくれてありがとう」
だった。
涙だけではなく、笑顔でも送り出すことができた。
それができたのは、最後の出来事だけではなく、13年4か月の犬生全体を見ることができたからだと思う。
写真を残していて、本当によかった
スマートフォンの中には、愛犬の写真や動画がたくさん残っていた。
旅立った後、それらを何度も見返した。
コンビニで現像して、写真立てにも入れた。
スマートフォンの中で見る写真にも価値がある。
でも、現像した写真を手に取ったり、部屋に飾ったりすることには、また別の温かさがあった。
父は以前、
「写真を撮っても、見返すのは亡くなった時だから、あまり撮りたくない」
という考え方だった。
しかし、実際に愛犬が旅立ち、家族や従兄弟が撮ってくれた写真を見て、
「たくさん撮ってもらっていてよかった」
と言っていた。
亡くなった後の姿を写真に残すかどうかも迷った。
辛い姿を残さない方がいいのではないかと思った。
それでも、相談した上で、最後の姿も残すことにした。
その写真を頻繁に見るかどうかは分からない。
ただ、愛犬の最期まで家族として見届けた記録として、残しておいてよかったと思っている。
愛犬は家族であり、兄弟であり、子どもであり、先生だった
私にとって愛犬は、兄弟姉妹のような存在だった。
守ってあげたい子どものようでもあり、愛情や命について教えてくれる先生のようでもあった。
父も、何年か前に祖母の状態が悪くなった時、愛犬に救われたと話していた。
人間は、こちらが落ち込んでいると気を遣ってくれる。
ありがたい反面、「心配をかけないように立ち直らなければ」と力を使うこともある。
でも、愛犬はいつも通りだった。
いつも通り近くに来て、いつも通り過ごしてくれる。
その「いつも通り」が、父にとって大きな癒やしになっていた。
振り返ってみると、愛犬は毎日、何か特別なことをしなくても、家族を支えてくれていた。
私たちにとって、唯一無二の最高の家族だった。
与えてもらったものが、本当に多すぎる。
長さだけではなく、どれだけ深く関われたか
もちろん、もっと一緒にいたかった。
一緒にいられる時間は、長ければ長いほどよかったと思う。
それでも私は、強く「もっと長生きしてくれれば」とは思っていない。
大きな病気や手術を繰り返したわけではなく、長期間、薬による延命で苦しい状態が続いたわけでもなかった。
最後は突然だったけれど、その日まで散歩へ行き、ご飯を食べ、家族と一緒に過ごしていた。
13歳4か月。
人間の年齢に換算すれば、70歳前後になると知った。
十分に長い時間を、一緒に生きてくれた。
だから私は、この子は天寿を全うして旅立ったのだと受け止めている。
命は、何年生きたかだけで決まるものではないと思う。
どれだけ濃密に関わったか。
どれだけ愛情を注いだか。
どれだけ愛情を受け取ったか。
長く一緒にいても、関わることを後回しにしていれば、後悔は残るかもしれない。
たとえ時間が短かったとしても、その中で精いっぱい愛情を交わせたなら、最後に「ありがとう」と言えるのかもしれない。
私たち家族は、この子に愛情を渡してきた。
そして、それ以上のものを受け取ってきた。
泣きたいだけ泣いて、全部言葉にしていい
旅立った直後、私は日をまたいで泣き続けた。
こんなにも泣いたのは初めてだった。
しかし、泣かないことが強さだとは思わない。
「強い人は泣かない」
「いつまでも悲しんでいてはいけない」
そんな考えは、無視していいと思う。
大切な家族が旅立った直後に、すぐ受け入れることなんて難しい。
泣きたいだけ泣けばいい。
「寂しい」
「会いたい」
「助けられなくてごめん」
「大好きだった」
「ありがとう」
思っていることは、全部言葉にしていい。
同じ話を、何度繰り返してもいい。
私も、家族やここで何度も愛犬の話をした。
手紙にも書いた。
言葉にすることで、頭の中にあった後悔や悲しみを外へ出すことができた。
そして少しずつ、最後の事故だけではなく、13年4か月の楽しかった記憶を思い出せるようになった。
旅立ったら終わりではない
私は「亡くなった」よりも、「旅立った」という言葉を使いたくなる。
現実から目をそらしたいからではない。
この子との関係が、そこで終わったとは思っていないからだ。
今も毎朝と夜にご飯を供えている。
いつも使っていたアイスノン枕も替えている。
これから、生きている時には連れて行くのが怖くて一緒に行けなかった旅行にも、遺骨や遺髪を連れて行こうと思っている。
その土地で散骨することも考えた。
でも、帰りが寂しくなりそうなので、一緒に家へ帰ることにした。
8月には花火がある。
最近はほとんど行っていなかった父と母も、今年は愛犬の遺骨と遺髪を連れて行くと言っている。
旅立った後にも、愛犬は家族を外へ連れ出し、新しい思い出を作るきっかけをくれている。
いつか父が旅立った時には、飼い主だった父と一緒のお墓へ入れてあげたいとも思っている。
一緒に暮らす時間は終わった。
でも、家族としての関係まで終わったわけではない。
関係の形が変わっただけなのだと思う。
私の一部として、一緒に生きていく
旅立ってから数日がたち、痛みの波は少しずつ小さくなってきた。
最初は、悲しみが心のほとんどを占めていた。
今は少しずつ、
「いなくなってしまった」
という痛みよりも、
「13年4か月、一緒にいられて幸せだった」
という気持ちの方が大きくなっている。
痛みが減ることは、愛情が減ることではない。
笑えるようになることも、忘れることではない。
これからも、急に涙が出る日はあると思う。
写真を見て泣くことも、散歩道を歩いて寂しくなることもあると思う。
それでも私は、忘れて前へ進むのではない。
愛犬から教えてもらった愛情や、命の大切さや、当たり前の毎日は存在しないということを、自分の中に持って生きていく。
愛犬は、私の魂の一部になった。
だから旅立ちは、関係の終わりではない。
一緒に暮らす関係から、私の一部として一緒に生きていく関係へ変わったのだと思う。
13年4か月、本当にありがとう。
家族になってくれてありがとう。
これからも一緒に、いろいろな景色を見に行こう。そして私が旅立った時には、精一杯抱きしめさせてもらって、散歩にもまた一緒に行こうと思う。